そこはかとなき散文置き場

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書き連ねたいことを、書き連ねられるだけ。

ソシャゲのセールスとSNSのウエイト

ソシャゲの興隆が激しい昨今

 

数多のソシャゲが量産されては消えていく

もちろんその激戦を勝ち抜いて生き残っていくやつらもいる

 

ソシャゲの多くは「基本無料」という料金体系で運営しているものが多い

というか、ソシャゲと言えばそんなイメージだろう

 

でもそんなタダで遊べてしまうはずのゲームにも、セールスというものがあり、ソシャゲの運営費はそれにより賄われている(これは会社によっては差異があるのかもしれないけれど)

 

つまりは、ソシャゲ存続のカギは「タダで遊べるはずのものに、いかにお金を突っ込ませるか」という一点にあるといっても過言ではない

 

もちろん、「お金の使わせ方」は様々だ

課金者を贔屓にするのはもちろんのこと、そのソシャゲ自体にブランド力を持たせたり、あるいは課金者を過剰に持ち上げる、といった手法もある

無課金者を冷遇するという手段も、当然存在する

 

さて、そんな「お金の使わせ方」の一つに、「SNSでの知名度」みたいなステータスが関係しているように、僕は思う

 

今やSNS文化の一つと呼んでも差し支えないであろう「ガチャ報告」なんかも、ソシャゲのセールスを伸ばしてくれている一つなのかもしれない

 

○○さんが出ているんだから私も!という思考回路はギャンブルのそれによく似ている

頻繁にソシャゲとギャンブルが同列に語られているのも大いに頷ける

 

ギャンブルの話をすると、例えばパチンコなんかでは、友人・知人あるいは隣の席の人なんかが、私も当たるはず理論を引き起こす要因になりうる

 

しかしソシャゲはどうだろう

考えてみれば、ソシャゲを利用している限り、私も当たるはず理論の要因になりうる存在は常に隣に立っているのだ

これは現代のギャンブルとの謂われも納得できる

ともすると、従来のギャンブルよりも、依存性の高い存在になってしまっているのではないだろうか

 

その他、SNSではソシャゲに関する情報が止め処なく溢れている

これは本人の意思で抑止しようとしない限り、止めることの出来ない奔流なのである

 

このブログでもいつか話したいなあと思っているSNS人口(ネット人口)の増加なんかも、ソシャゲの繁栄に拍車をかけているのであろう

 

ましてや、今はストレス社会と呼ばれるくらい、面倒な社会構造をしている

その捌け口として無料で始められるソシャゲが横に置いてあって、それにすがっていくうちに気づけばアコムへ……

笑えない話だ

 

この場合、コンシューマーゲームよりも勢いを感じるのは無料で始められるという気軽さが原因なのかもしれないとも思う

しかし一度お金を突っ込んでしまえば、それまでの全てが無駄になってしまうような気がして、やめるのは難しい

入り口は入りやすく、出口は出にくく

なんだ、ソシャゲって麻薬みたいじゃないか

 

そして書いていくうちにソシャゲとSNSの話ではなくなっていたけれど、推敲が死ぬほどダルいので、あとは各自頭のなかでまとめてね

 

それでは今日も一日、頑張ったぞい