そこはかとなき散文置き場

そこはかとなき散文置き場

書き連ねたいことを、書き連ねられるだけ。

改修のアナウンスと趣味のあり方。

表題のとおりです。

ちょっとカッコつけて書きましたが、要はサイトデザインを変更したよということです。

 

最近、運営しているアフィリエイトブログの調子がよくて、SEO関連のカスタマイズをしていたら自分のブログが疎かになっておりました。

まあ、このブログはいつやめてもいいくらいの気楽さで書き綴っているので、気分次第での更新になることには変わりないのですが。

特に検索に引っ掛けようとか、そんな気持ちはないので適当にキーを叩いて出来上がった文章になっています。ふと、なんだこれはと見つけて読んでもらう程度がちょうどいいかなと思っております。気分は狭い路地の奥にある、古書店です。もっと言えば、『三日間の幸福』(著:三秋縋)に出てくるような古書店です。閑話休題

 

文章を書くこと自体は割と好きな方です。

その昔は創作活動の真似事みたいなことをして、なろうや色々な新人賞のお世話になりました。

ただ最近はなんだか気が向かない感じです。

そんなときは書かないのが一番かな~と思っています。

気軽にやめることのできるのが趣味の良いところです。

 

ですが最近は、趣味の継続が重視されているように思います。この趣味は中学生の頃からなんだとか。今更趣味を始めるなんて遅いかなあとか。今やめちゃうともったいないとか。

 

例えば、絵を描くという趣味も本来なら、気軽にやめてしまえばいいものなのです。

絵が上手になりたい!みたいな人向けのサイトには、「絵を描き続けること」とよく書いてあるのを目にします。

確かに、継続していれば、そのうちコツなんかを掴んで上達するでしょう。

でもその上達は、あくまで商業的な、社会的な成功へと向かうためのもので、趣味としてのステップアップではないような気がします。

個人的な見解なので万人に当てはまるとかそういうことではないのですが、趣味としてやるならば絵の上達なんてあくまで付加価値程度だと思うのです。

ただ、自分が筆を握ってそこに何かを描いていれば、それで事足りる。

それが趣味の奥の奥の奥にある本質のようなものな気がします。自分を豊かにできれば、趣味としてそれ以上はないというか。

つらいけど描くのやめたら上手くなれないからなどと、自分に無理強いするのはあまり進められたことではないのではないかと。

もちろん、上手になれば評価がより高まるだとか、自身の満足に繫がるとかあるのでしょう。ですがそれは、絵を描くことが趣味というよりも、自身の価値を高めることが趣味であるように思えてならないのです。

Twitterでつらくならない絵の描き方みたいな本を見かけたのですが、あれも絵を楽しむというよりは、絵を楽しむように思い込むための媒体のように思いました。

もっとこう、肩の力を抜いて描き殴っていればいいんじゃないでしょうか。それが趣味のあり方なんじゃないでしょうか。

 

なんかあらぬ方向に話がそれていきましたが、今回はこれを本題としませい。

そして書き綴ったことはあくまで僕のどうしようもなく個人的な意見です。これが正しいとかではなく、自分ならこう思うみたいに、自分の考え方の補強材としてご使用ください。ある意見に対して自分なりの考えを持つことは思考力を養う一助となります。

文章の汚さには目をつむってやってください。なにせ、思いついたままで書いているものですから。推敲しなくてもいいところが、ひっそりとした個人ブログのメリットでもあります。

 

思い立ったが吉日。また気が向いたら更新します。

それでは今日はこのへんで。