そこはかとなき散文置き場

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書き連ねたいことを、書き連ねられるだけ。

「君の名は。」リピートしてみての考察のようなもの

※この記事はネタバレ要素を含みます。予めご了承ください。

 

最初、なんだか気に食わなかった。

目につくコミカルな要素、そして再会する、否、してしまうラストシーン。

新海作品ではここまでコミカルな雰囲気は観たことがなかったし、再会してしまってはあの独特の、言い表せない余韻が薄れてしまう。

「新海作品」として観た自分は、今までの作品を嘲るかのように今までにない要素に満ちたこの作品を素直に楽しめないでいた。

「秒速」、「言の葉」を何度も観てきて、頭のなかには「新海=淡くてしんみり」みたいなのが根強くいたもんだから、受け付けなかったのだろう。だからこそ、こんなはずがないと思って劇中に出てくる単語をもとにいろいろ調べてみた。

 

その後、「ティアマト」「産霊」など、作中に出てくる言葉の意味を知っては、なるほど新海作品だという思いが浮かばずにはいられなかった。

 

この作品、一見すると綺麗な男女の恋物語というように見える。数年前に会っていた瀧くんと三葉が彗星に翻弄されながらも再会する、上辺を掬えばこんな感じか。しかし、タイムトラベルする恋愛ものなんてのは既出のジャンル。他に、これだけヒットした理由があるはず。

そう、新海監督がここで終わらせるわけがなかった。

 

この作品に存分の新海らしさを感じようとするなら、予備知識が必要だったように思える。

キーワードとなるのは「二つ」と「一つ」。

この作品はいたるところにそれを暗示するキーワード、キーアイテムが散りばめられていた。

まず入れ替わる二人。組紐にティアマト。おばあちゃんの話にあった産霊(結び)。挙げるとキリがないくらいたくさんのものがある。テッシーとあのおさげの子だって疑わずにはいられない(さすがに深読みし過ぎか)。

また、災害で死者が出た時間軸、助かった時間軸などもその一つだったりするのかも。

これらは調べてみると個々にニュアンスの違う意味があり、それらもなかなか面白い。敢えてここでは詳しく書かないが、ともかく時間を主軸として二つと一つが入り乱れる話だと調べてみて思った。

考えてみれば高校生の瀧くんを現在と捉えると、その意識は三年前に飛んでいき、その三年前には瀧くんは三葉を知らず、という二人の関係をややこしくする時間軸を辿っているわけで。

 

なんというか、裏を辿れば辿るほど嵌っていくというか……。つくづく観る人、観た人を飽きさせない作品だ。

 

ともかく、粋なことするな、新海、と感慨にふけった今日この頃だった。

 

・・・支離滅裂になってしまったのでこのくらいで。

余談だが、おばあちゃんのいう「あの世」のシーンは日本神話的要素にも感じられ、とても良かった。表現が綺麗だった、うん。

あと登場人物は勅使河原が一番好き。異論は認めない。