そこはかとなき散文置き場

そこはかとなき散文置き場

書き連ねたいことを、書き連ねられるだけ。

報告

疲れました。

 

実は久しぶりに小説を書き上げたのです。

文を書くことは好きなのですが、読み手を意識すると、どうしても筆が進まなくなります。

この表現は誤解を招くのではないかななど、悩みはつきません。

拙文ですがよければぜひ。

ncode.syosetu.com

 

まあ途中で字数がかさんで公募に出せなくなったというのが大きな理由です。

それに久々になろうを更新したいなという気持ちもちょっとありました。

というのも、以前あげた小説に、ありがたいことに感想がついてまして、それを読んでなんだか書かないのも悪いなと思った次第です。

 

だいたい自分の中で適当に考えをまとめあげて、それでおしまいということが多い僕ですが、たまに人に見せたくなってしまうことがあります。一種の病気です。

なろうの投稿でも、ライトノベル作法研究所の鍛錬投稿室でも、たまに琴線に触れる文章に出会うことがあります。

きれいな宝石に目を向けるのに疲れたら、河原の石を見てみるのもいいと思います。思いがけない出会いがあるやもしれませんから。

ということで、僕の小説を読んでほしいというより、サイトに投稿されている小説を読んでほしいみたいな内容になっちゃってますね。まあそれはそれでありかと。

 

最近やたらと読書を勧めてしまっています。

読書はいいことですが、あくまでそれはいいことの一つです。

自分にあったいいことを見つけていきましょう。

人にいいことをするのも大切なのですが、自分にいいことをするのを忘れちゃあなりません。

 

今日はこのへんで。

なんだか、とても疲れました。

雑記

なんだか最近『恋する寄生虫』の感想にアクセスが若干集まってるなと思ったら、「恋する寄生虫 感想」という検索ワードでGoogle先生の1ページ目に上がってましたね。いやはや嬉しいもので。

 

でもまあ書いた当時とは解釈も結構変わっているんじゃないかなあと思います。自分がどんなこと書いたか憶えてないのでなんとも言えませんが。気が向いたら今の解釈でもしたためます。気が向いたら。

 

さて、今回は書きたい題材があって、昼間に頭のなかで草稿をまとめていたのですが、今になってみると書く気が見事にさっぱり雲散霧消しましたもので、今日はやめておこうと思います。気が向いたら書きます。気が向いたら。

 

で、今度『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』(著:桜庭一樹)の感想でも書こうかなと思ってます。

この本は以前、僕がカドカワの夏のイベントみたいなので読む本を探してたときに見つけたものです。

結構昔に読んで、久々に読み返すと新たな発見満載でした。

 

名前は忘れてしまいましたが、このイベント(フェア?)いいっすよ。

カドカワ出版の本が選りすぐられて掲載されているのですが、個人的にほとんどハズレがないです。

というか、このイベントの小冊子読んでるだけでワクワクしてきますから。多分。

へぇ~こんな本あるのネ。みたいな。

あらすじって読むだけで楽しいのに、そんなあらすじが盛り沢山。こりゃあもう小冊子を書店に貰いにいって読み漁るしかないね。是非もないね。

漠然と本を読みたい気持ちだけがあって、でも何を読めばいいのかなあっていうような人にはこれを利用するのも一つの手ですよ、といっておきます。あくまで参考程度に。

 

夏は何かをするには短すぎるが、何もしないには長すぎる季節でもあります。

僕のような『サマーコンプレックス』を抱えている人間にとっては、夏の読書はどこか琴線に触れるものがあります。

気が向いたら、適当な本を手にとってみてください。

書物はいいものです、新たな見地をあなたにきっともたらしてくれますから。

小説には作家の考え方みたいなのがどうしても滲み出てしまうものです。ぜひ感化されて自分の中に変革を起こしてみてくださいな。

 

ここまで読書を推してきましたが、別に読書じゃなくても大丈夫です。

適当にスマホのカメラでなんでもない写真を撮ってみるとか、ちょっとしたことをやってみると、なんだか自分が変わった気分になれます。場合によっては成長を感じるやもしれませぬ。

 

夏は、とてもいい季節ですから。

改修のアナウンスと趣味のあり方。

表題のとおりです。

ちょっとカッコつけて書きましたが、要はサイトデザインを変更したよということです。

 

最近、運営しているアフィリエイトブログの調子がよくて、SEO関連のカスタマイズをしていたら自分のブログが疎かになっておりました。

まあ、このブログはいつやめてもいいくらいの気楽さで書き綴っているので、気分次第での更新になることには変わりないのですが。

特に検索に引っ掛けようとか、そんな気持ちはないので適当にキーを叩いて出来上がった文章になっています。ふと、なんだこれはと見つけて読んでもらう程度がちょうどいいかなと思っております。気分は狭い路地の奥にある、古書店です。もっと言えば、『三日間の幸福』(著:三秋縋)に出てくるような古書店です。閑話休題

 

文章を書くこと自体は割と好きな方です。

その昔は創作活動の真似事みたいなことをして、なろうや色々な新人賞のお世話になりました。

ただ最近はなんだか気が向かない感じです。

そんなときは書かないのが一番かな~と思っています。

気軽にやめることのできるのが趣味の良いところです。

 

ですが最近は、趣味の継続が重視されているように思います。この趣味は中学生の頃からなんだとか。今更趣味を始めるなんて遅いかなあとか。今やめちゃうともったいないとか。

 

例えば、絵を描くという趣味も本来なら、気軽にやめてしまえばいいものなのです。

絵が上手になりたい!みたいな人向けのサイトには、「絵を描き続けること」とよく書いてあるのを目にします。

確かに、継続していれば、そのうちコツなんかを掴んで上達するでしょう。

でもその上達は、あくまで商業的な、社会的な成功へと向かうためのもので、趣味としてのステップアップではないような気がします。

個人的な見解なので万人に当てはまるとかそういうことではないのですが、趣味としてやるならば絵の上達なんてあくまで付加価値程度だと思うのです。

ただ、自分が筆を握ってそこに何かを描いていれば、それで事足りる。

それが趣味の奥の奥の奥にある本質のようなものな気がします。自分を豊かにできれば、趣味としてそれ以上はないというか。

つらいけど描くのやめたら上手くなれないからなどと、自分に無理強いするのはあまり進められたことではないのではないかと。

もちろん、上手になれば評価がより高まるだとか、自身の満足に繫がるとかあるのでしょう。ですがそれは、絵を描くことが趣味というよりも、自身の価値を高めることが趣味であるように思えてならないのです。

Twitterでつらくならない絵の描き方みたいな本を見かけたのですが、あれも絵を楽しむというよりは、絵を楽しむように思い込むための媒体のように思いました。

もっとこう、肩の力を抜いて描き殴っていればいいんじゃないでしょうか。それが趣味のあり方なんじゃないでしょうか。

 

なんかあらぬ方向に話がそれていきましたが、今回はこれを本題としませい。

そして書き綴ったことはあくまで僕のどうしようもなく個人的な意見です。これが正しいとかではなく、自分ならこう思うみたいに、自分の考え方の補強材としてご使用ください。ある意見に対して自分なりの考えを持つことは思考力を養う一助となります。

文章の汚さには目をつむってやってください。なにせ、思いついたままで書いているものですから。推敲しなくてもいいところが、ひっそりとした個人ブログのメリットでもあります。

 

思い立ったが吉日。また気が向いたら更新します。

それでは今日はこのへんで。

最近のこととか。

今日は本を読む気力がありません故、何やら書き綴っていきたいと思います。

 

最近になって、僕は敬体で文を綴ることに楽しみを覚えました。今までは常体がマイブームだったのですが、流行り廃れは当然僕の中にも存在していて、それがこのですます調という形を成して顕現した次第です。

 

あとは最近同じ本を繰り返し繰り返し読み返す親しみ方も分かってきました。去年辺りまでは読書冊数というか、どれだけのタイトルを読み潰してきたかに精魂を傾けておりました。ですが近頃は、気づけば以前読んだ本を手にとって読み耽るようになっています。もちろん、ぶらりぶらりと古本を買い求めに彷徨って、いくつか蔵書に加えることもあるのですが、以前よりは手の伸びが滞ってきているなあというのは自分でも感じます。

まあ新しい楽しみ方を見つけたといえばそれまでなのですが、これはどうも本に限った話ではないようなのです。

僕はアニメを観るのも好きなのですが、そのアニメも同じものばかりを嗜むようになっています。一時期はせわしなく動いていたレコーダー君も今ではすっかり鳴りを潜めてしまっています。

 

ここで気になるのが、どこか自分の中で新しいものに手を出すことに躊躇いのような何かを覚えてしまっているのではないかな、ということです。

当たり前ですが、新しいことに挑戦することが必ずしも最善を導くとは限りません。寧ろ、人間の本能的には今までの慣習を重んじて新しいことには消極的でありますから、至極真っ当な思考だと言われれば、いやはやそのとおりです。

 

でも僕は今までのように、新しいことにも手を伸ばしていければなあと思います。思うだけです。そんな今日此の頃です。

現代の闇市

今日はTwitterの方でも言っていたけどメルカリについてだらだら書き綴っていこうかなと。

 

最近ちょっとアブナイ噂の立ち込めているアプリであるメルカリ。僕の気になっている点は、

・現金が取引されている(現在進行系かはわからないけれど)

・領収書など怪しいものもたくさん

・後払いサービスが開始

こんな感じ。

僕は利用というか登録すらしてない状況なので、伝え聞いたことだけで喋り倒していくけれどご容赦を。

 

現金の取引について、これの何がいけないかって、クレジットカード払いにすると間接的にクレジットカードが現金化されてしまう。クレカの現金化は確かどのカード会社でも規約違反になってたはずだし、利息のことを考えるとただのその場しのぎでしかないのでもったいない。

最近ではキャッシュバックという形やICカードにチャージして販売されているのもちらほら。

一応メルカリ側も注意喚起したのかな。確か。それでもイタチごっこにはなっちゃうよなあ。まあ完全に駄目になっても類似サービスはゴマンとあるわけで。

 

あと領収書なんかも売られているらしい。

領収書なんか買ってどうするのって思うかもしれないけれど、例えば個人事業主にとっては魔法の紙切れなんだな、これが。領収書買ってその金額分を経費として申請すればそれだけ税金がかからなかったりするので。

領収書なんて普段生活していれば山のように出てくるのだけれど、これがお金になるってわかった途端、阿漕な商売を始めるわけだからなあ、恥ずかしくないのかしら。

世の中には脱税幇助というこの件にぴったりの罪があるけれど、しかし現行法では立件、起訴は難しいかもね。

 

あとは新しく始まるらしい後払いサービス。

これは大体のユーザーには嬉しいものだろうけど、かたや未成年ユーザーにとってはクレカに相当するサービスだということを忘れてはならない。

認証やら云々あるやんって思われる方もいらっしゃるだろうが、ちょっと知恵の働くガキにはあんまり意味をなさない気がする。というか、はっきり言ってなさない。

だからこそ買い漁って支払いできなくて親に負担が……みたいなことも十分想定できるわけで。ことメルカリに至っては未成年にうれしい商品(ソシャゲのアカウントだったり)もあるようなので、どうだろうねえ。もちろん、未成年に限った話じゃなくて、社会人でも買いすぎはよくあること。

 

で、特に上2つに関しては、話題になったから運営が対応した感じが否めない。つまりなんの話題にもならなかったらそのまま放置されていたかも?運営にとっては手数料が貰えればそれでよしみたいなところがあるわけだからね。

これぞ現代の闇市!みたいな雰囲気ムンムン。

まあでも商売が成立するってことは、そこに一定量のニーズがあるわけで、これに関しては是非もないところなのかなあと。

 

ただ、正直者がバカを見て、不真面目なやつがヘラヘラ笑ってるっていうのは、やっぱりいただけないなあ。

少しでも、立派な人間を目指して……。

最近のアニメ事情

まあ今日はゆるーく書き上げていこうかなと。

 

この上なく私事なのだが最近アニメをめっきり見なくなった。

ほんの数年前まではそのクールのアニメは片っ端から録画して、時間のない時期などには若干早送りしてまで視聴していたものだがはてさて。

アニメに飽きてしまったと言えるのかもしれないけれど、でも昔の、以前見ていた作品なら普通に見ることができる。なんだろう、最近の作品が肌に合わないというか......。

別に駄作ばかりなわけではないだろう、世間では評判になっている作品も勿論あるわけだし。

 

思うに、なんとなくアニメの作風というか雰囲気のようなものが変わってきてるんじゃないかなと。これがちょっと気にくわないのかもしれぬ。一個人の僕の意見だから統計とかなにか論拠があるわけではないのだけれど。

これはまぎれもない偏見だが、最近はアニメのプロットのようなラノベが増えてきてるような気もする。アニメで受けそうな話のまとまりとかキャラ立てとか……。

結局それらは受けが良くて大抵がアニメ化していくわけだが。

でもラノベのゴールというか目標みたいなとこに当然のようにアニメが置いてあるのはちょっとどうかなと感じてしまう。

 「https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ライトノベルのアニメ化作品一覧」

 まあウィキペディア見ればラノベの独擅場やなあって感じずにはいられないわけで。

2016年で20本ちょっとがラノベ原作みたい。

で、特にちょっとなあって思うのが異世界に行くやつ。こればかり最近見るような......。

まあ人気がある、儲かるからアニメ化するわけで、こんなしみったれた意見垂れ流すのは少数派なんだろうなあ。

もしかするとラノベ原作アレルギーというか、そういう理由に縋って見ないだけかもしれないのだけれど。

終わり亡き日差しは眩い程残酷で……

タイトルに深い意味はない。ただ最近ずっとdirを聴いてるというだけ……。

 

気づけばもう六月だった。

週末には駿台模試もあるし頑張らねば。全統はまあまあ良い手応えだったので……。

 

最近なかなかに寝付きが悪い。布団に潜ってから早数時間……なんてこともザラ。

体の疲れを取りたいと思いつつも、時間が取れず苦悶する日々。

 

でも7月からスケジュールが詰まってくるみたいなので、祝日のないと嘆かれる今月が実は楽な月だったり……。

なんだかんだ祝日なんてなくとも日にちは過ぎていく気がするので、まあ頑張ろう。